出産しました(1ヶ月半ほど前に)

不安なニュースが飛び交う中ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。


SNSではご報告申し上げたのですが、こちらでも。

2月2日に、3,400gほどある大きな女の子を出産しました。


ここから備忘録として、また、どなたかの参考になればと思い、妊娠・出産について書いてみようと思います。カレーの話はあんまり、いやほぼ出てこないので、もしご興味とお時間あればお読みくださいませ。


妊娠と仕事

妊娠がわかって、ほどなくしてから悪阻におそわれました。重めの二日酔いがずっと続いているような感じで、吐き気とめまいでベッドの中から出られない日が多く続きました。食欲はあるのですが、いざ食べ始めると気持ち悪くて断念。主食はアイスの実とすいかでした。


とはいえカレーづくりを生業にしているので、毎日なにかと調理をしていましたが、いかんせんスパイスの匂い(特にカルダモン、シナモン)がダメで、涙目になりながらテンパリングする日々。味見もつらかったなぁ・・・キッチン開放日はカレーの仕上げをアシスタントさんに任せて、わたしがホールをやらせてもらったりして、なんとかしのいでいました。

しんどかったのは、食べるのが大好きなのに、食べることを仕事にもしているのに、食べられない、食べるのが苦しいということ。何よりも仕事が好き、働いていないとそわそわしてしまうわたしにはとても辛い期間でした。この状況がいつまで続くのか、安定期に入れば終わるのか、終わりが見えないことがしんどかった。そして念願の妊娠が継続してくれるのかの不安も募り、気持ちはかなり沈んでいました。ベッドから出られない挙句、いつよくなるかわからないので、人事の仕事は会社に穴を開けてしまうことになります。採用面接も多く入っていたのですが、気分が悪く電車に乗れない、なんてことも多く発生し、これ以上迷惑をかけられないと、契約を終了することに。会社にはご心配とご迷惑をかけてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。休んでいいよと理解ある言葉をかけていただき、感謝してます。フリーランスはこういうとき、大変ですね。



悪阻はある時を境に嘘のようになくなりました。食欲も戻り、沈んでいた気持ちも上向きに。しかし通常運転とはいきません。疲れやすくなり、なんども休憩を挟まないと仕事がままならない状況でした。おなかが大きくなるにつれ、動きも鈍くなり、休憩はどんどん回数を増します。イベントや遠征も何度かあったのですが、スタッフや仲間に手伝ってもらい、亀の歩みでしたが、なんとか乗り越えることができました。本当に自分一人では年内仕事納めすることはできなかったと思います。何度も悩み、精神的にも肉体的にも、苦しく大変だった妊娠中の仕事ですが、働くことが生きがいのわたしが母になっていくためには、とても大切なプロセスだったように思います。


出産までの道のり

出産=とんでもなく痛いもの。お客様や友だちの経験談を調査すると、もともと持っていたイメージを大幅に上回る過酷さがあると判断したわたしは、無痛分娩を選択することにしました。体力面でも余裕が生まれるし、回復も早ければ仕事復帰もスムーズに行くだろう。そして何よりも、痛みのダメージを受けない分、落ち着いて出産に臨むことができるのではと考えたのです。というのも、SNSなどに投稿されている出産レポートを読むと、痛すぎるあまり、旦那さんに暴言を吐いてしまったという事例があまりにも多かったんです。わたしの性格上、絶対に暴言を吐くだろう(しかもとびきりのやつ)という確信があり、立ち会ってくれる夫にできるだけ嫌な思いをさせたくないという気持ちもありました。無痛分娩には賛否あると思いますが、結論、わたしは無痛を選択してよかった、また出産する機会があるなら無痛を選ぼうと思います。


わたしの通っていた病院は、大学病院で、無痛の場合計画分娩になります。予定日よりも前に子宮口が開き始めていたこともあり、入院が1週間ほど早まりました。ドキドキしながら、入院前の冷蔵庫整理をし、おうちも掃除しまくっていざ・・・!ところが、薬で陣痛を誘発しながら、赤ちゃんが降りてきてくれるのを待ちましたが、お産は進まず、赤ちゃんに会えぬまま退院。


いつ産まれてもおかしくない状況だが、計画分娩はもう少し待とう、ということで次の診察は10日後に設定されました。すぐに陣痛が来るだろうと高を括っていましたが、うんともすんともなく、毎日1万歩以上歩いて陣痛を待つ日々。予定日がすぎてからは流石に不安が募り、陣痛が来るかもしれない緊張と焦りに加え、胎動が激しくて眠れず疲れ果ててずっと泣いていました。もう産まれて来ないんじゃないのかとすら思ってしまいました。


1/31の検診日でも所見は変わらず。41週に入る前に再度計画入院となりました。・・・が、検診から帰った翌日、規則的な陣痛が来始め、再度病院へ。子宮口の開きも良いのでそのまま入院となりました。緊張したのか、陣痛が遠のいてしまったので、硬膜外麻酔の準備だけをし、翌日の2日に誘発をすることに。いよいよ会える。ここまで来るのにたくさんの試練があったなぁ・・・その夜はドキドキしてあまり眠れませんでした。



いざ出産


翌日朝から誘発剤でお産が進むのを待ちました。最初は生理痛の重いバージョンで耐えられるレベルでした。前回の誘発が失敗してるので、陣痛の波がしっかり自分で感じられるまでは麻酔を入れたくないとお願いし、志願して痛みを感じていました。そろそろ耐えられなくなってきたので麻酔を・・・とお願いすると準備しますね、と助産師さん。強くなって来る陣痛に耐えながら麻酔を待ちましたが、大学病院のシステム上、準備するのにかなり時間がかかるようで・・・。しかもその日は日曜日。さらに時間がかかるとのこと。まじかよ、とほぼ白眼。待つ間にどんどん強くなる陣痛。おしりのあたりが内部爆発しそうな痛みでした。ベッドの柵にしがみついて、呼吸を整えながら痛みを逃そうとするも、効果なし。やばい・・・このままでは暴言を吐いてしまう・・・と思ったところに麻酔登場。麻酔がきき始めてからは、さっきまでの痛みが嘘のよう。笑って話せるほど全く痛くなくなりました。


その後も麻酔に守られながら、のんびりお産が進むのを待ちました。時々、体の一部分だけ麻酔が効かなくなることもありましたが、薬を追加すれば問題なし。そうこうしているうちに子宮口が全開に近い形になり、いざ分娩室へ。


いよいよかと生唾ゴクリ。分娩台に上がって、赤ちゃんが降りて来るのを待ちます。その間にまたしても痛みが。骨盤の左側だけ麻酔が効いていない感覚。中から巨大なハンマーで骨盤をガンガン殴られているような、そんな痛みで分娩台の柵を壊しそうになるくらい揺さぶって痛み逃し・・・が痛みは逃げない・・・追加の麻酔を強力なものにするから待っていて!と言われ結構待ったがまたしても全然来ない・・・なんで・・・ナースコールで麻酔早く・・・と訴えるも全然来ない。次の陣痛が来るタイミングに「来る!爆発する!」と叫びながらベッドの柵を力一杯握る、脂汗がとまらない。ようやく麻酔を入れてもらい、薬が効きだしてからはまたもや笑って記念撮影できるレベルに快適になる。麻酔すごい…と唸りました。


麻酔がきくといきめないのでは?と思っていましたが、足の感覚はあります。歯医者さんのそれとは全く違う。なのでこの感じならいきめるな、と安心しました。


そうこうしてる間に、わらわらと助産師さん、ドクターが集まって来て、いよいよ分娩体勢に。赤ちゃんが出口よりもちょっと上にいるので、吸引をすることになりました。また麻酔が少し効いてないかも、と思う箇所が現れておろおろしたのですが、いざ分娩台が上昇すると、わたしの中のスイッチがばちっと入って、「産む!」モードに。後輩からいきみの練習をしたほうがいいと言われて、動画をみながらお風呂で練習したことを思い出し、何度かいきみました。「頭が出て来た!あとは力抜いて!」という言葉が聞こえるまで、人生最大の集中力をみなぎらせていました。


しかし、まだ姿を現さない赤ちゃん。「肩が出ない!もう一回いきんで!」と。ええええ!でもやるしかない!お腹の上を屈強な男性ドクターが押しまくる地獄絵図。わたしもさっき迎えたいきみの最高潮を再度実演しました。いきむの上手と褒められ、調子に乗った瞬間、どぅるんと赤ちゃんが出て来ました。「わ!ここどこ?出て来ちゃった!」とでも言いたげな表情をした赤ちゃん。しばらくして元気な産声を聞かせてくれました。泣き声が耳に届いた時、心からほっとしたのを覚えています。


やっと会えたね、ずっと待ってたよ。


病院はおっぱい道場

生まれた夜は母子別室。麻酔が引くとともに、会陰切開の痛みと後陣痛が襲って来ます。痛み止めを飲んでも効かない・・・しかし人生の大仕事を終えたわたしは、しっかりと眠ることができました。


翌朝から赤ちゃんと同室に。授乳やおむつ替えの修行が始まります。入院中はしっかり休んでね、といろんな人に言われたし、わたしもこれまで言ってきたけれど、いやいや休むなんて滅相もない。そこはまさにおっぱい道場。まだ出ないおっぱいをめぐって、初心者の母娘が様々な試練を課される場。まず座るのが痛い。会陰切開の傷は動くたびに鋭く痛む。乳首は切れて、吸われるたびに痛いと叫ぶ。吸った後は重い生理痛が襲う。数々の痛みに耐え、夜は泣き叫ぶ赤ちゃんをあやしたり、おむつをかえたり・・・わたし、えらいことに手を出してしまったなと思ったほど。おっぱいがあんまり出ないので、ミルクを主に飲んでいた赤ちゃん。わたしに似て食いしん坊なので、すぐに飲みたがります。ナースステーションにミルクをもらいに行っても、まだ時間が空いてないからあげられない、おっぱいとだっこで頑張ってください!と一蹴され、赤ちゃんとともにガクッと肩を落として、病室へとぼとぼ戻ったことも。あのとき、すごい哀愁漂ってただろうな・・。


全身ボロボロガクガク状態で、睡眠時間もままならない道場での日々。辛かったな笑。食事は3食ばっちり出て来て、料理も後片付けもする必要はない。それを家ではやらなければならない。こんな状態で帰宅してお世話をしっかりできるのだろうかと一抹の不安。それでも可愛い我が子と、喜んでくれる家族の笑顔に励まされ、痛みに耐えて修行を重ねました。


北海道から実習生さんが来ていて、わたしの産後の経過などを一緒に見てもらうことに。助産師さんという仕事はとても素晴らしいけど、本当に大変な仕事だなとこの入院中実感しました。わたしにはできないだろうなぁ。この世界に飛び込もうとする若い実習生さんの希望に満ちた姿に、わたしも新米母ちゃんとして頑張る勇気をもらいました。ありがとう。



そして現在

退院してから1ヶ月とちょっと。娘は飲めるミルクの量をどんどん増やし、手足を力強く動かし、起きる時間も少しずつ長くなって来ました。外出もできるようになり、湯船に気持ちよさそうに浮かんだりもします。わたしは体の痛みもおさまり、仕事(確定申告)も少しずつ再開。まとめて寝られないのが辛かったけど、周りの人に助けてもらいながら、生きています。


外出できなかった1ヶ月、自炊をしていたのですが、とある雨の日、他の人が作ったごはんが食べたいと思い立ちました。これからうちに来るという妹に何か買って来てもらおうと、頭を巡らせました。コンビニは嫌だなぁ、揚げ物も気分じゃない、あとは・・・。近隣はあまり飲食店の選択肢がなく、ウーバーイーツなども考えたけど、なんか違う。野菜がたっぷり入った、テンションが上がるようなごはん、どこかにないかな。Kitchen and CURRYみたいなごはんテイクアウトできるところってないのー!って手前味噌の超自惚れの超生意気ながら思い至ってしまいました。


だから。

3/27、少し予定より早いけれど、ランチボックスの販売を心に決めました。

新型コロナで世の中が大変なことになっているけど、こんなときだからこそ、美味しいごはんを食べたい。もし待っていてくれる人がいるなら、わたしのカレーを届けたい。子育てとの両立は茨の道。でも、欲張りに生きると決めた。母の背中を見てくれよ、娘!というわけで、久々にみなさんにお会いできる時間を、キッチンで流れるあの素敵な瞬間を、再び味わえたらと思います。


予約方法などは追ってお知らせします。

よかったら来てくださいね。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

『読みたいことを、書けばいい』という本を読み、わたしの読みたいことを書いたつもりです。他の人の出産レポートを漁って、参考にさせてもらったので、今度は自分の番。出産のリアルは隠されがち。だからこそ。誰か必要としている人に届けばいいなと勝手ながら。


また育児日記は事あるごとに書いていこうと思います。