ももこ

わたちももこ。

記事一覧(72)

20180813

疲れ果てて家から一歩も出なかった。溜まっていた仕事を片付け、昨日のカレーを反芻しながら、お客様の熱の余韻を感じてた。そして、やっと『ノルウェイの森』を読み終えた。名作と言われる小説だが、ずっと読まずにいた。母がこの小説暗いよ、と言ってたので、なんとなく避けていたのだ。ここ最近村上春樹の作品を立て続けに読んでいて、独特の世界観が気に入ってる。なので、齢33歳にして初めてノルウェイの森へ旅に出ることにした。上下巻あるが、全編を通して死の匂いが立ち込めていた。わたしたちは生きながらにして、死を育んでいる。そのような表現が随所に散りばめられ、鉛色の世界が広がる。恋愛小説だとご本人が帯を書いているけれど、生をベースとした性と死の物語だと感じた。村上春樹の作品ではときどき性がファンタジックに描かれるが、この作品では死に取り込まれないように性が生を繋ぎ止めるというか、そんな感じがする。そして最後の3行でこの物語は永遠になった。この物語が好きだ、という人がいたら、わたしはあまり仲良くなれないかもしれない笑。あまりにも深く、絡め取られそうなパワーのあるこの作品を、手放しで好きだとは言えない気がする。少なくともわたしは。

20180812

dancyu効果なのか、たくさんのお客様に来ていただき、フル回転の1日だった。まかないが全くなかったので、近所のイタリアンにはらたんと行って、ビールを飲み干し、ワインを頼んで、前菜からパスタ二品までペロリ。もう一皿パスタ行くかという話してたけど、それはあまりにも食べ過ぎになってしまうので、デザートで抑えておいた。いつも美味しい。osamiさんありがとうございます。自分のカレーを美味しいと思って提供してるけど、だんだんよくわからなくなってくるんです、という話をしてたら、osamiさんも自分のパスタが美味しいかわからなくなる時があるっておっしゃってた。ちょっと安心した。みんなそうなのかな。美味しいって人それぞれだから、正解はないし、わたしのカレーをあんまり美味しくないと思う人もいるだろう。万人に好かれたいと思ってしまう欲張りなわたしは、全方位型のカレーを作ろうと躍起になっているのか、そんなのないよ、無理だよとわかってはいるけど、そこを目指したくなる。全方位といえど、特徴も欲しい。今回のdancyuは内輪感があると、スパイスカレーって全部くくるなんておかしいと、賛否両論あるそうだ。インド料理やスリランカ料理をガチでやってる人からしたら、わたしのカレーはふざけてると思われるかもしれない。それは前から思ってたことだ。わたしは掲載してもらったことがありがたすぎて、報いたいと思ってるけど、もしも同じ特集の他のお店と比べてわたしが掲載されてることで内輪ネタみたいに思われてたらどうしよう。。。本当に自信がないです。だけどやめない、作り続ける。もっともっと余白があるから見ていてほしい。

20180810

①いろんな混乱(人間関係やら、しがらみやら、自分の感情やら)がありながらも、整理して前に進める人というのは重宝される。それはわかっているのだが、割り切って進められる日とそうでない日がある。人間だからしょうがないといえばそれまで。けれど、進められる日を多く持てるかで人生というのは変わってきそうだから、頑張りたいと思う。最近疲れているのか、進めたくないなぁしんどいなぁと思うことが増えている。夜中まで起きているせいかな。早寝早起きに変えてみたいけれど、どうしても仕込みをしていると夜が深くなってしまうので、それにひきづられている感じがする。これは改善を要する課題だ。②SNSの使い方をちょっと変えてみた。instagramとTwitterを連動させていたけれどやめて、それぞれ似ているけれど違うことを発信するようにした。これでどのくらいの何が変わるかはっきりと意識はしていないけど、自分のやりたいことを達成するためにはSNSが欠かせないので、本腰入れて研究していこうと思っている。③この日は人事の会社へいく前に、ランチで新宿ルミネのcurry upに寄った。いつも通り野菜カレーとビーフカレーのSサイズをオーダーする。ビーフカレーを頼むと必ず、「激辛ですけどいいですか?」と聞かれ、はいと答える。あまり激辛と思わないけどなぁと思ってたら、今日のはなかなか辛かった。

20180809

わたしがとても好きな小説、『横道世之介』を貸し出ししていて、手元に帰ってきたから、少し開いて読んでみている。やっぱり好きだなこの小説。泣いたり笑ったり全てが詰まっている。作家の吉田修一さんの作品はほぼ読んでいる。(『悪人』だけは、映画で先に見てしまい、読むのを後回ししてしまっているけど。)吉田修一の作品は、芥川賞を受賞した『パーク・ライフ』も、映画になった『怒り』も、この『横道世之介』も、全て現実で起きた事件や、彼が目にしたものをきっかけに書かれているのがわかり、だから、リアリティに溢れている。純文学的な作品も、直木賞的な作品もどちらも書いてしまう稀有な作家だけれど、どの作品も目を背けたくなるほどリアル。見た目は美しく食べごろなアボカドに、包丁を入れると、中は茶色く変色し、筋が走っていて、ああもう一つも同じかもしれない、と諦めながら割るとこちらは一面グリーン。人生全部がグリーンじゃないよねー。色々アルヨネーと思わせてくれるのだ。朝から偏頭痛に悩まされ、すごいしんどかったけど、久々の青い鳥さんのカレーをランチに食べ、一昨日くらいからどうしても食べたかった焼肉を夜ご飯で食べた。わたしの本日は茶色からグリーンへ。さ、寝よ。

20180808

片付けしながら、村上春樹さんの村上RADIOを聴いた。作品は読んだことがある、写真も見たことがある、でも声は聞いたことがない。そんな彼の声を聞けるまたとないチャンスである。村上さんの声はどんなだろう。例えばダンディーな細野晴臣のように渋い声かなぁ。はたまたエリッククラプトンのような優しく甘い声かもしれない。誰かの声を想像するのは初めてだ。実際に聞いた声は思っていたよりも瑞々しく、そして凛々しい声だった。低く聞き取りやすい。こんな声なのだなぁ。こんな声の人が、あの物語を紡いだのだなぁ。不思議な感じがした。番組は村上春樹がジョギングをしているときに聴いている曲を紹介することがほとんどだった。彼の作品にはたくさんの音楽が出て来る。音楽をもとに小説を書いていると言っていた。納得できる。彼の作品を読みやすいという人が多いということは、音楽を元に書いているからかもしれないと、番組内で発言されていた。作品に出て来る音楽はできるだけ、探して聴くようにしている。もっと作品の中に入り込める。これまで読んだのは、『やがて哀しき外国語』『海辺のカフカ』(10年以上前に読んだのであんまり覚えてない)、『1Q84』『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』『騎士団長殺し』ですかね。今は並行して『ノルウェイの森』『風の歌を聴け』を読んでいる。どれも読みやすいか、と聞かれるとノーともイエスとも言える。表面的に読むのは読みやすい、けれどその中に隠された比喩や暗喩やらを読み解くことは難しすぎる。読み解かなくてもいいのかもしれない。自分をその作品の誰かに投影したり、伏線が回収されていく様を楽しむための作品ではないと思う。もっと心の奥深くの、玉ねぎを剥いていって、最後に残る芯の部分に切り込みを入れられるような、そういう痛みの伴う作品な気がする。あくまで。気がする。わたしはね。